「件」(内田百閒)

恐怖ではなく滑稽な感覚を覚えてしまいます

「件」(内田百閒)
(「日本文学100年の名作第1巻」)
 新潮文庫

「日本文学100年の名作第1巻」新潮文庫

「件」(内田百閒)
(「冥途・旅順入場式」)
 岩波文庫

「冥途・旅順入場式」岩波文庫

見果てもない広い原の真中に
立っている「私」。
広野の中で、
どうしていいか解らない。
何故こんなところに
置かれたのだか、
私を生んだものは
どこへ行ったのだか、
まるでわからない。
「私」はからだが牛で
顔が人間の浅ましい化物…。

以前取り上げた
小松左京の「くだんのはは」
つい比較してしまうのが本作品です。
ただし、
小松左京の「くだん」は牛頭人身、
本作品の「(くだん)」は人頭牛身。
その姿をイメージしてみると、
両者はあまりにも違いすぎます。
どちらが本当なのか?
ウィキペディアで調べてみると、
「その姿は、古くは牛の体と
人間の顔の怪物であるとするが、
第二次世界大戦ごろから
人間の体と牛の頭部を持つとする説も
現れた」のだとか。
本作品の「件」の方が
本家本元のようです。

さて本作品、語り手「私」が件なのです。
といっても、「くだん」のように
生まれたときから半牛半人なのではなく、
もともと人間であったのが、
気がついたら
牛人になっていた、というものです。
記憶が曖昧なため、
件になった理由も経緯もわからない。
でも件が予言を行うことと、
三日目には死ぬことだけは
理解しているのです。

その予言を聞くために、
「私」の周りに大勢の人々が集まります。
しかし「私」は予言などできません。
「もし私が件でありながら、
 何も予言しないと知ったら、
 彼らはどんなに怒り出すだろう。
 三日目に死ぬのは
 構わないけれども、
 その前にいじめられるのは困る
。」

時間がたつにつれ、
不安はさらに募ります。
「事によると、
 予言するから死ぬので、
 予言をしなければ、
 三日で死ぬとも
 限らないのかも知れない、
 俄に命が惜しくなった」

「私」の不安は
クライマックスに達していきます。

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今日のオススメ!

ところが本作品は
小松左京「くだん」と違い、
読み手は恐怖ではなく、
滑稽な感覚を覚えてしまいます。
小松のように
何かを暗示するものとしての
「くだん」ではなく、
単に夢物語を
面白く展開させるためのツールとしての
「件」であるような気がします。

不安の結末は
ぜひ本作品をお読みください。
あたかも夢から目覚めるがごとく、
突然終了をむかえ、
拍子抜けさせられます。

〔「日本文学100年の名作第1巻」〕
1915|父親 荒畑寒村
1916|寒山拾得 森鷗外
1918|指紋 佐藤春夫
1918|小さな王国 谷崎潤一郎
1919|ある職工の手記 宮地嘉六
1921|妙な話 芥川龍之介
1921| 内田百閒
1921|象やの粂さん 長谷川如是閑
1922|夢見る部屋 宇野浩二
1923|黄漠奇聞 稲垣足穂
1923|二銭銅貨 江戸川乱歩

〔「冥土・旅順入城式」〕
「冥土」
 花火
 山東京伝
 尽頭子
 烏
 件 
 木霊
 流木
 蜥蝪
 道連
 柳藻
 支那人
 短夜
 石畳
 疱瘡神
 白子
 波止場
 豹
 冥途
「旅順入場式」
 「旅順入城式」序
 昇天
 山高帽子
 遊就館
 影
 映像
 猫
 狭莚
 旅順入城式
 大宴会
 大尉殺し
 遣唐使
 菊
 鯉
 五位鷺
 銀杏
 女出入
 矮人
 流渦
 坂
 水鳥
 雪
 波頭
 残照
 先行者
 春心
 秋陽炎
 蘭陵王入陣曲
 木蓮
 藤の花

※この「件」、
 危なく自分の息子に
 殺されそうになります。
 ふと、カフカ「変身」
 グレーゴル・ザムザをも
 連想してしまいました。

(2020.5.21)

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